【2020年】お月見はいつ?十五夜の歴史やお供え物の意味も紹介!

3 min
お月見の歴史とお供え物の意味

秋の楽しみのひとつ、お月見。

2020年の十五夜(お月見)は10月1日です!

この記事ではお月見(十五夜)の歴史や、お供え物の意味も合わせて紹介します!

意外と知らないお月見ついて、知っているともっとお月見が楽しめるかも♪

スポンサーリンク

2020年のお月見【十五夜】はいつ?

十五夜はいつ?

秋の澄んだ夜空に浮かぶ満月を楽しむ「十五夜」。

2020年の「十五夜」は、10月1日(木)です。

「十五夜」と同じ意味で「中秋の名月」という言葉を使いますよね。

「中秋」とは秋全体の中日を意味し、旧暦8月15日のみを指します。

旧暦では、下記のように季節が決まっていました。

  • 春:1月~3月
  • 夏:4月~6月
  • 秋:7月~9月
  • 冬:10月~12月

現代では新暦で数えるため年によって日付が異なりますが

およそ9月7日~10月8日の間で、満月が出る日」を十五夜としています。

また「十五夜」は旧暦8月15日は日本の六曜で必ず仏滅にあたることから、「仏滅名月」の別名もあります。

お月見【十五夜】の歴史は?

縄文時代

月を眺めて楽しむ、という風習は縄文時代からあったとされています。

考古学者達の研究では

縄文時代に作られた土器には【月】を連想させるイメージが散りばめられており、

満ち欠けをくり返す【月】の「死と再生」の観点から縄文土器は造形された事が発表されています。

平安時代

平安初期である清和天皇の貞観年間(859~877年)の時代に

「十五夜」に月を楽しむ風習が中国から伝わり、平安貴族の間で広まりました。

「十五夜の」のルーツは中国の【中秋節】だと言われています。

美しい月を見ながら酒を酌み交わし、池に船を浮かべて船上で詩歌や雅楽を奏でながら水面に映った月を愛でるイベントが平安貴族の間で繰り広げられていました。

それはそれは優雅で風流なイベントだった為、その当時は庶民的なものではなく高貴な位の人々のイベントとされていたようです。

室町時代

室町時代に入ってからも名月の日としては続いていた様ですが、遊宴としては簡素になっていったようです。

室町時代後期には、遊宴としてのイベントではなく、十五夜の月を拝んでお供え物をする風習が始まりました。

『御湯殿上日記(おゆどののうえにっき)』←天皇の御所に仕える女官たちが交替で記した日記には

後陽成天皇(在位1568〜1611)がナスに開けた穴から月を覗いてお祈りをする「名月の祝い」という儀式を行なったと記されています。

江戸時代

十五夜の文化が一般的に広まり、庶民も楽しむようになったのは、江戸時代に入ってからだといわれています。

江戸時代初期。

十五夜の日は芋煮を食べて夜通し遊ぶのが一般的でした。

貴族のように美しい月を眺めて宴を開くのではなく、庶民の間では収穫祭や初穂祭の意味合いが大きかったようです。

昔から「里芋は十五夜まで育つ」と言われていたようで

十五夜が芋の収穫期と重なっていたため里芋を芋煮にして食べながら月の出を待ちました。

その事から、十五夜は別名「芋名月」とも呼ばれています。

江戸時代では十五夜の月を見たら、9月13日(新暦では10月8日)の「十三夜」の月も必ず見る風習があり

片見月は縁起が悪いとされていました。

満月よりも少し欠けている「十三夜」には枝豆を供えるので「豆名月」とも呼ばれていたようです。

江戸時代中期に入ると今のように月にお供えをする習慣が始まりました。

商人の喜田川守貞が1837〜67年に渡って編纂した風俗辞典『守貞漫稿(もりさだまんこう)』には

「十五夜の日は、月の見えるところに文机(読み書きをするための和風の机)を置いて祭壇を作り、江戸では丸い月見だんご、大阪や京都ではサトイモに見立てた楕円形の月見だんごを供えた」

と記されています。

当時の月見団子の大きさは、直径約10cmほど(テニスボールくらい)もあり、15個の月見団子を三方(さんぽう/神前や貴人に物を供える時などに使う、儀式的な台)に積み上げていました。

祭壇を作って月見団子やすすきを用意するようになったのは江戸時代の後期と言われています。

また、江戸時代では月が美しく見える場所に行き、お月見を楽しむ人々も多くいました。

江戸には月見の名所がいくつもあり地理的に比較的高い立地にある「湯島天神」や「九段坂の上」

「愛宕(あたご)山」、浅草の「待乳(まつち)山」、日暮里の「諏方(すわ)神社」などの高台。

海辺では「芝浦」「品川」、「隅田川」「不忍池(しのばずのいけ)」などが人気だったようです。

水辺はとくに人気があり、平安貴族のように直接月を眺めるだけではなく水面に映った揺れる月を観賞するのが好まれました。

スポンサーリンク

お月見のお供え物の意味

お月見団子

お米の粉で作ったお団子を月に見立てて供え、

お米が無事に収穫できたことに感謝し、また次の年の豊作も一緒に祈願します。

お団子をピラミッド型に積み上げてお供えするのは、

最上部を天に向けることで、月見団子を通して、収穫の感謝と豊作の祈願の気持ちを月まで届けるという意図があると伝えられています。

ススキ

「稲穂の代わり」と「魔除け」のため。

旧暦の「中秋の名月」である8月15日は、稲穂がまだ実る前の時期であることから、穂の出たススキを稲穂に見立てて飾ったと言われています。

また、古くから「ススキ」は神様の依り代(宿る、憑依する)と考えられていました。

ススキの茎は内部が空洞のため、神様の宿り場になると信じられていたようです。

また、ススキの鋭い切り口は、魔除けになるとも考えられました。

そのため、お月見のススキには悪霊や災いなどから収穫物を守り、

翌年の豊作を願う意味が込められているそうです。

野菜や果物

お月見は「収穫を祈り・感謝する行事」なので、その時期に採れた野菜や果物をお供えします。

里芋やさつまいもなどの芋類をお供えするのは前述した通りです。

また、ぶどうなどのツルがあるものをお供えすると、お月様との繋がりが強くなると言われています。

お月見にうさぎがお餅をついている理由についてはこちらの記事で紹介しています!
↓↓↓

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA